From 1月 2017

2017年の始まりに

今までも年配の方の言葉には耳を傾けるようにして生きてきた、時にそれがよく理解できなかったとしても頭のどこかにはしまっておくようにしている。

歳を重ねていくと考えるコトや考え方も少しずつ変わってくるのを実感する、そしてその都度過去の自分のあさはかさに気付かされる。

だからその先にいる目上の人の言葉はわたしにとって生きるヒント、自分も何十年後にはそんなことを思うのかもって全てを聴きいれるようにする。この「かも」ってのもすごく大事で、答えではなく一つの可能性として時折いろんな人の言葉を頭の隅から掘り起こすようにしている。

昨年のいつごろだっただろうか、引退発表後の宮崎駿を追ったドキュメンタリーが放送されていた。うろ覚えだがその中で行き詰まったような彼が吐き捨てるように発した言葉を思い出した。

「30代や40代のように沸き立つようなものはもうない・・」。

長い年月をかけて全てを出し切ったかにみえる彼の言葉だけに妙に耳に残ったのを覚えている。きっと単なるあきらめや後悔の言葉ではないはず。それは残された時間の中、今までやり切ってきた彼だから課される使命にもがいているようにもみえ、何物にも代え難い「生きがい」を楽しんでいるようにも見えた。

わたしなりの自分自身に向けた解釈は

「 ‟今の今しかやれないこと”に常に気付けているか?ということ 」

歳を重ねていくごとにその時にしか出来ない(出来なかった)こと、その時やらなくてはいけない(いけなかった)ことに自分自身が気付くことができているか、気付こうとしているか?

今日のこのタイミングしかできないこともきっとあるはず。見ようとしなければ何もなかったように通り過ぎていくけど、そっと背後にまわられている不気味さも否めない。

心身ともに機が熟した40代、今しかやれないことをやっているか自問自答しながら生活する一年にしよう。それができればいつか小っちゃな使命を感じれるようになるかも・・そんなことを考えた2017年のはじまりです、

本年もよろしくお願いいたします。

 

 

水野