From 2月 2016

世代間物欲差(R指定40)

気付けば四十も半ば、今年で四十五を迎える正に団塊ジュニアとよばれる世代の筆頭。一般的には結婚をして、住宅ローンや子供の進学などで自由なお金が少なくなっている頃ですが、他世代に比べれば物欲自体は多い世代ではないでしょうか。(*物欲というのは趣味性の高い洋服や家具、車やバイクなど嗜好品といってもいいでしょう)

 
世代論を語るのは否定的な方ですが、団塊世代やそのジュニア世代は良くも悪くも時代の中心ターゲットになってきたことは否めません。生きてきた時代時代を思い返してみても発信される情報は明らかに我々世代を向いていましたし、それは現在もかわりません。同じ時代を生きていても感じることや価値観のズレが世代間に生じるのも納得と言えば納得。

 
昔のいわゆるトレンディドラマにはファッションや車などこんな生活が格好良いというステイタスのすり込みがありました。また30歳になると同時にR30なんて商品が発売され、歳を重ねる節目にはまたR35、R40と続いていく。企業側からすれば人口が多い世代をターゲットにサービスを提供するということは非常に簡単な消費戦略なわけで、我々はそれを常に浴びながら生きてきたとも言えます。そうやって担ぎ上げられながら物欲が強く生まれてきたのが我々世代だと思います。

 
一方、人口層の観点からターゲットの外で生きてきた今の20代から30代前半の若い人たちは踊っている(踊らされている?)人たちを端で見てきた世代です。故にどこか冷静で物欲に対しても引き気味なのも理解できる気がします。消費する側の観点から見れば賢くて良いのかもしれませんが、消費してもらう企業側からすれば売れない時代には大きな課題です。しかし、それも身から出た錆、今までターゲットという舞台の外に置いてきた代償なのかもしれません。

 
昨今の風潮から「物欲」というものはマイナスイメージが高いようですが、わたしが思うに買う買わないは別として物欲というものはいつまでも持っていたいものです。物づくりの根底にもそれがとても重要なことだと感じています。変な言い方ですが、十代後半から二十代前半の頃に植えつけられた物欲はその後の動向に大きく影響すると思っています。踊らされて恥をかいて劣等感を覚えたから自分流の舞が生まれることもあります。若い頃にみんな同じ方向を向いて、「格好良くみられたい」とか「もてたい」なんて時期を通るのは必要なことではないかと思うのです。そんな麻疹のような経験が自分なりの格好良さを追求したり、モノを見る目に繋がるんではないでしょうか。

 
「そもそも踊ることに何の意味があるの?」

と思わせてしまっているのならそれもまた我々世代から上の人間の責任だと思います。

 

 

水野

メイドインジャパン②

日本の職人さんには後継者の問題があることは誰しも一度は耳にしたことがあると思います。昭和の時代にもそういった問題は少なからずありましたが、昨今語られる後継者問題はその比ではありません。なにしろ団塊世代の職人が引退していくということは、たくさんの技術が一気に消えていくとも言えます。この問題が押し寄せてくるのもすぐそこまで来ています。

わたしたちの業界の周りでは特に縫い子さんの問題があります。どこへ行っても若い担い手がほしいという声があります。ただ、デフレで価格競争になり、安いことが当たり前になってしまった日本で縫製工賃が割りにあわないのも事実です。見習いの時に給料が安いのはわかりますが、一人前に縫えるようになってもそれが見込めないとなれば致し方ないのか。

しかし、逆に考えればこれだけ縫い子さんが育っていないということは、何年後かには縫える人がもっと重宝される時代が来るということだと思う。もちろん、大儲けしたいという人にはお薦めできないかもしれないが、今後の日本の就職事情も踏まえればそんな選択肢も間違いじゃないはず。若い縫い子集団で技術があり、新しい付加価値を見出せるのであれば高い工賃を払ってでもやりたいという企業は絶対にあると思う。仮にそんな時代がきたとしても他の追随が簡単ではない、一朝一夕にはできないのが職人技術な訳です。

それは、集団こそがブランドになり得るということ。

たまに縫製業に地味なイメージを持ちづづけている人たちがいますが、それもやり方、考え方ひとつで変えられるんじゃないかな。
わたしの家も幼い頃は小さな縫製業を営んでいました。しかし、80年代以降の海外生産の流れの中、小学生の頃に家業の廃業を目の当たりにしました。だからこそ人一倍縫製業の視点になってしまいますが、きっと他の業種も同じことだと思います。
若い人たちが新しいスタイルで継承していくことはむしろ必然で、いろんな可能性があるということをもっと伝えていかなくてはいけないんじゃないでしょうか。

 

水野