From 11月 2015

襟を正して

最近、近しい人たち、数人から耳にした言葉。

どうせ無理だから。

100連敗しているなら、才能のなさに気づいて諦めることも必要ですが、暇つぶしならともかく、本気で高い目標持っているのなら、負の想像力働かす前に、挑戦して大失敗の一つや二つしてみろって思うのです。失敗して湧き出てくる感情とか、今後の動機づけにもなるし、人に迷惑かけるなら(迷惑かけないに越したことはないのですが)、ケツの拭き方を学んで、自分の力量も測れるのに、何をためらうんですかね。

今やろうと思ってた。

ただの言い訳ですね。指摘された時点で、まずできてなかったことを反省すべき。まずは詫びて、すぐに対処して、信頼取り戻せばいいだけのこと。先に自己弁護は駄目です。

「どうせ無理だから」は、自信のなさ。「今やろうと思ってた」は、自信過剰の表れ。どっちもね、きっと経験値が少なすぎて「自信」を上手くコントロールできてないだけなんだと思うんです。襟を正して、謙虚に、目標に向かって場数を踏んで欲しいなぁと。

説田

たわいない話

最近、異業種の思慮深い方々と食事に行き、くだらない話から強い思いまで、談笑しています。そんな中、東日本大震災がきっかけとなり、京都に移住し、もしくは帰京された方々と、この数か月でたくさん出逢いました。

震災直後、「節電」は毎分のように耳にする言葉だったのに、今は一体どこへやら?地球規模の環境の変化(悪化)の深刻さを考えると、節電くらいじゃどうにもならないのを言い訳に、経済優先なのですかね。

震災からしばらく、少し質素な暮らしになって、少し安心した自分がいました。世の中全体が素朴で丁寧な暮らしに向かうことで、競わず、争わず、真の意味で繋がり助け合う人たちをよく目にしました。

しかしながら、あれから四年半で、繋がりが薄っぺらな「つながり」となり、人との関係性すら軽薄になってきてい気がしています。「丁寧な」という言葉も、真の意味を失い、人の虚栄心をくすぐり消費活動に繋げる、丁寧じゃない商いもよく目にします。

五年なんてあっという間ですね。京都に移住(帰京)してきた方々の気持ちに触れるたびに、心に留めていたずの想いが知らず知らずに風化しているのに気づかされます。今一度、日々の暮らし方を見つめ直す必要性を感じてるこの頃です。

たわいない話で、失礼します。

説田